11万kmを超え、さすがにもうヤバそうなレガシィのタイミングベルトを交換。
水平対向エンジンはカム同士が離れてる上に4本もあるからタイミングベルトも長くて交換が大変。普通にやろうとすると、こっちを合わせてあっちを付けてるうちにこっちが外れて、、、と大騒ぎになっちゃう。
そこで一ヶ所合わせたらベルトとプーリをクランプで挟んで固定していく方法を採った。
とはいえ、あの狭い中に手を突っ込んで手探りで交換しなくちゃなんない205に比べたらかなり楽かもしれない。。。
プジョー205CTI。 1983年、ちょうど高校を卒業し運転免許を取った頃にデビューしたフランス車。あの頃、カー雑誌でひと目見て憧れたものの、300万円を超えるクルマなんてモノは夢のまた夢でした。 やがて'90年代半ばにはとうとう生産中止。後継モデルは現代風の角のとれた流麗なデザインになりましたが、あの頃の憧れはそう簡単に捨て去ることはできません。オープンであることを除けば当時のファミリアやカローラIIとたいして変わらない外観なのに、どこか垢抜けてて洒落たイメージに映るのはさすが世界的デザイナー・ピニンファリーナの実力。 そんな20年近く恋焦がれた夢を叶えるべく、2002年、「買い手が付かなければ解体屋送り」と言われた'92年式ポンコツ車を愛人に迎えたおーしまの奮闘記。
2014/05/03
2014/05/02
ご無沙汰しました。
しばらく更新が滞っていたのはサボってたわけでも売っぱらったわけでもありません。
せっかく超高燃費現象が完治した三日後の2月5日、そう、よりによって通称205の日に、停車中に背後からオカマを掘られて愛車も人間も負傷してしまいました。。。
人間の方はというと、やはりお巡りさんが心配されていた通りでした。直後はクルマのことだけに気が飛んでましたがその後ふくらはぎに激痛!紫色に腫れ上がって病院へ。診断結果は『腓腹筋損傷』。瞬間的に踏ん張ったことで全ての衝撃がふくらはぎに集中したところに、押されたシートの座面がぶつかったことが原因。
せっかく超高燃費現象が完治した三日後の2月5日、そう、よりによって通称205の日に、停車中に背後からオカマを掘られて愛車も人間も負傷してしまいました。。。
停車中に背後から突っ込まれ、そのまま前に押し出されて前車にもぶつかるという、いわゆる多重追突事故。前も後ろもグチャグチャです。
放心状態で座り込む私にお巡りさん「おカラダ、大丈夫ですか?」
私「カラダなんかよりクルマが、クルマが〜!」
お巡りさん「今はカラダの心配してください!」
それまでのブログにある通り、直前の205はあちこちを一新してまさにこれからまた10年行くぞ!という状態だっただけに「新しいクルマに乗り換える」なんていう選択肢はもちろん私の中にはありません。かといって、相手も一瞬の不注意で起こした事故であって、決して悪気があったわけじゃないので変にゴネるようなこともしたくありません。
詳しくは触れませんが、簡単に言えば同年式同色の別モノのガワに事故車の中身を移植したような復活なので、走行距離は23万km超から一気に公称5万kmほどに若返ってしまいました(苦笑)。
人間の方はというと、やはりお巡りさんが心配されていた通りでした。直後はクルマのことだけに気が飛んでましたがその後ふくらはぎに激痛!紫色に腫れ上がって病院へ。診断結果は『腓腹筋損傷』。瞬間的に踏ん張ったことで全ての衝撃がふくらはぎに集中したところに、押されたシートの座面がぶつかったことが原因。
とはいえ、私のカラダには205と違って部品の手配等も不要な『治癒力』という素晴らしい自動修理システムを持っているので(笑)3ヶ月弱の松葉杖通院生活を経て無事完治に至っております。
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